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靄山アラカルト


「もや山」伝説

1 姉妹伝説
 地元には、脇元岩木山が姉で岩木山は妹説がありますが、似たものに、白神岳は岩木山と姉妹であるという伝説があり、妹の方が女ぶりがよかったので岩木山に登り、姉は白神岳の神になったという。このため今でも岩崎辺りでは岩木山を下の神様とよぶ。と日本歴史地名体系 2(青森県の地名 平凡社)にある。
青森県110名山p63 靄山
「靄山は姉、岩木山は妹といわれているんです」と掲載されている。

2   安寿と厨子王丸伝説
 脇元の人たちは「おらほの岩木山」として崇め、子どもから大人までお参りしている。伝説によると、安住の地を捜して旅をしていた安寿と厨子王が、この地に立ち寄ったときに、厨子王が獅子舞のとりこになり、姉の安寿と離ればなれになってしまつたという。姉の安寿はあきらめて遠い津軽の岩木山におさまることになったが、弟の厨子王は形が似ている脇元の靄山におさまることになったという記事が、陸奥新報(平成194 9)に掲載されている。
市浦村史第弐巻p512
 いわゆる「安寿姫・厨子王丸」物語で、津軽にも伝承があり、姉の安寿姫は岩木山に神として鎮座し、弟の厨子王丸が市浦村大字脇元の靄山に鎮座したという。
市浦村史第弐巻p569
 岩木山は古来より山嶽信仰の靈山として津軽富士と称されて、私たち津軽人の心のシンボルである。大字脇元の「モヤ山」は、岩木山が安寿姫の伝承を持つのに対し、厨子王の伝承があり、村人は岩木山同様に「お山参詣」をする「神霊の坐す小さな山」である。
と掲載されている

3  高さ競争伝説
 「靄山」は岩木山と高くなる競争をしたという伝説があると、日本歴史地名体系 2(青森県の地名 平凡社)及び角川日本地名大辞典(青森県)に掲載されている。


4 人工造山伝説
 近年、靄山の人工造山説が話題になっているが、日本海からの西風に吹きまくられた砂が積もり積もって現在のような霊山の姿になったという自然造山説が有力視されていると、市浦の史跡を訪ねてよりに掲載されている。

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