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 十三湊は三津七湊の一つとして、中世に大いに栄えていたことが「十三往来」に記されているが、その「十三」の名前の由来は、「奥富士物語」巻 1に、
 亦往古十三の湊之城と申事は河湊を申也。 此所謂虹貝川、早瀬野川、蛭川、六和川、平川、汗石川、岩木川、相馬川、十川、早川、飯詰川、小田川、金木川、合て十三有て、 落合ふて大川一筋と成、 潟へ落口の湊也。此地に明将の城郭を構給ふの謂也。
 と記されている。

 十三の読み方には現在二通りあり、従来は「トサ」と呼んでいたが藩の命令で「ジュウサン」に改められる。

○元禄13年康辰年10月28日
 十三(トサ)之事 自今以後十三(ジュウサン)と唱候様被仰出候
○ 津軽史より
 元禄13年庚辰年10月18日
 十三(トサ)之事 自今以後十三(ジュウサン)と唱候様被仰出候
 元禄13年康辰年10月28日
 十三(トサ)之事 自今以後十三(ジュウサン)と唱ヘ可申之旨被仰出之旨、則右之段四役人ヘ申渡之


 「トサ」での読み方
  十三の砂山 民謡
  十三湊  (廻船式目 承応 2(1223)年 3月16日)という古文献に日本三津七湊の一つに「奥州津軽十三湊」 が列挙されている。
  十三往来  (「津軽郡中名字」とともに津軽における最古の文献といわれている。)
  十三湊新城記
  奥州十三湊日之本将軍(永享 8年 4月(1436) 福井県「羽賀寺縁起」)
  登左の滷(しおち) とさのやかた 菅江真澄紀行文
  十三字土佐 地名(ジュウサン字トサ)


 「ジュウサン」での読み方
  十三湖   十三のいわれは、「十三」の川が流れ込んでいるからとも言われている。
  十三通行道 地名
  十三字土佐 地名(ジュウサン字トサ)
  十三みなと 流行歌千昌夫が歌う「津軽平野」の歌詞二番
          十三みなとは 西風強くて 夢もしばれる吹雪の夜更け


※三津七湊 三津とは、伊勢(現三重県)の姉が津・博多(筑前国=現福岡県)宇の津・泉州(現大阪府)堺の津をいい、七湊とは、越前 (現福井県) の三国湊・能登(現石川県)の輪島湊・越後(現新潟県)の今町の湊・加賀 (現石川県)の本吉の湊・越中(現富山県)の岩瀬の湊・出羽(現秋田県)の秋田の湊と、それに奥州津軽十三湊をいう。

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